何者にも動機づけられない、だからこそ感じるありのままの緊張と緩和
【メトロイドプライム】③主題

この記事では、下記タイトルの主題を書いています!
- メトロイドプライム(ゲームキューブ:2003年)
- Wiiであそぶ メトロイドプライム(Wii:2009年)
- メトロイドプライム リマスタード(Switch:2023年)
独特なストーリー描写とゲームデザインで探索を進めていく本作。優れた没入感の正体を「自律性」をキーワードに読み解いていきます。よろしくお願いします!
- スーパーメトロイド(スーパーファミコン:1994年)
- メトロイドプライム(ゲームキューブ:2003年)
- メトロイドプライム2 ダークエコーズ(ゲームキューブ:2005年)
- メトロイドプライム3 コラプション(Wii:2008年)
- METROID Other M(Wii:2010年)
- メトロイド ドレッド(Switch:2021年)
職業人としてのサムス
メトロイドシリーズでは、主人公のサムスが銀河連邦からオファーを受け、困難なミッションに挑む。迷路のようなフィールドを読み解くだけでなく、凄腕の賞金稼ぎとして、いかに効率よく任務を遂行するか――その姿勢がゲームデザインに反映されている。
周回プレイでは、(特に2Dメトロイド作品において)タイムアタックに興じる醍醐味があり、職業人としてのサムスの力量が試される。
対して本作は、タイムアタックを意図した設計ではなさそうだ。もちろん、広く散らばるアーティファクト回収をどのように最適化するかなど、自分なりの攻略ルートを模索する楽しみはある。
しかし私は、プレイするたびにスキャンで得られるテキストをじっくりと読み、自分のペースで物語を進めていることに気づく。
もうひとつの動機
また、シリーズの歴史が進むにつれて、サムスはメトロイドという生命体と数奇な繋がりを形成していく。
その過程で、サムスの感情面が浮かび上がってくる作品もある。例えばスーパーメトロイドでは、宇宙科学アカデミーから救難信号を受けたサムスが、リドリーに連れ去られたベビーメトロイドを追って惑星ゼーベスに降り立つ。
ここで彼女が銀河連邦とやり取りした描写はなく、任務としてではなく、一個人の感情に突き動かされて行動したのではないか――私はそう考えている。
一方、本作のサムスは感情的にフラットだ。そのため、プレイヤーとの一体感が際立ち、探索やバトルの緊張感がそのまま伝わってくる。
本作の特異性
最序盤の展開はスーパーメトロイドに通じるものがある。フリゲート艦でメタリドリーを発見し、その後を追ってターロンIVへと向かう。
着陸の際に、惑星内の探索を開始する旨のテキストが表示され、これは銀河連邦への報告のようにも解釈できる。
しかし、それに対する正式なオファーや契約は提示されない。単身での任務を依頼されたわけでなく、個人的な感情もはっきりしていないのに、なぜ、サムスは一人で黙々と探索を行うのだろうか?
誤解を恐れずに言えば、これは彼女にとって休暇であり娯楽なのだ。あるいは、銀河連邦やメトロイドとの関係性からではなく、自律性による行動と捉えるべきかもしれない。
それがシリーズにおける本作の特異性を生み出している。そして私にとっても、本作をプレイする時間は休暇であり娯楽である。
サムスとの共通点
多くの人にとって、ゲームは誰かにお願いされてやるものではないだろう。しかしゲームの中では、何かと依頼を受けたり報酬を用意されたりして行動することが多い。
だが本作にはそれがない!誰にも動機づけられず私はゲームの電源を入れ、誰にも動機づけられずサムスはターロンIVを探索する。
ゲームの外(プレイヤー)と中(サムス)の行動が地続きなので、なんのハードルも感じることなくゲームの世界に入っていける――やらされている感が一切ないのだ。
自律性から立ち上がるもの
シリーズ屈指の美麗な景観のなかを、誰かに動機づけられることなく、ただ静かに探索できる。それは、このうえなく贅沢な時間だ。
そして、だからこそサムスやプレイヤーが感じるものは純粋である。私たちは普段、誰かとの関係性のなかで行動を決めることが多いかもしれない。
けれど時には、自律性のなかから純粋な感情や思考を掘り起こす時間も必要だ。誰かにお願いされたから、未知のところへ向かっているわけでも、誰かに勇気づけられたから、強大なものと対峙できているわけでもない。
得られた情報だけを頼りに行動を決定し、感覚を研ぎ澄ましていく――それが、サムスにとってもプレイヤーにとっても、ひとつの休暇の姿なのだ。
何者にも動機づけられない、だからこそ感じるありのままの緊張と緩和
――メトロイドプライム


