たとえ能力が闇を生んでも、意思はだれかの光に照らされている
【ゼノブレイド2】②体験・感想

この記事では、下記タイトルの体験・感想を書いています!
- ゼノブレイド2(Switch:2017年)
かなり長文ですが、プレイした頃を思い出して共感できそうなところや、新しい発見を書いていきました。ぜひ最後までよろしくお願いします!
- ゼノブレイド(Wii:2010年)
- ゼノブレイド2(Switch:2017年)
- ゼノブレイド2 黄金の国イーラ(Switch:2018年)
- ゼノブレイドDE(Switch:2020年)
- ゼノブレイド3(Switch:2022年)
- ゼノブレイド3 新たなる未来(Switch:2023年)
- ゼノブレイドクロスDE(Switch:2025年)
山ほどある没頭の記憶
ゼノブレイドシリーズのなかで最も長く遊んだ本作は、醍醐味とも言える幻想的なフィールドと奥深いバトルの魅力を、プレイ開始からストーリークリア後まで余すところなく味わわせてくれた。
特に、シリーズ屈指の複雑さを誇るバトルは、たびたび私を沼らせた。例えば、ストーリー序盤、グーラの造船所に向かう道中で遭遇した「狙撃のゴス」には、何度も作戦を練って挑戦したものの、毎回増援の前になすすべなく、あえなく撃沈しつづけた。
また、ストーリークリア後は、スペルビアの廃工場に現れた高レベルの雑魚敵に対して、ドライバーコンボからのスマッシュを叩き込みつづける遊びを、ひたすら夢中に繰り返していた。
今振り返ると、なぜそこまでのめり込んだのか自分でもよくわからないのだが、同様の経験は思い出せばいくらでも出てくる。
レックスに引き寄せられて
そして膨大なクエストとブレイド育成も含めて、飽きもせず寄り道に寄り道を重ねた。そのせいか、一周目ではストーリーの印象がやや薄れてしまっていた。
中盤までは、随所で展開される際どい演出やキャラクターの奇抜なデザインが気になり、少し引いた目線でプレイしていたことも一因だ。
それでも、レックスを中心に展開される熱い物語には、素直に引き込まれる力があった。第一話の終盤、大人が背後から奇襲した行動を咎めるセリフには、彼の純粋さと器量の大きさがにじんでいた。
この主人公について行こう!――プレイ開始から数時間ほどの私は、すっかり心をつかまれていた。ストーリー終盤では、15歳でこんな切り返しができるのか!?――と唸ってしまう場面もあった。
ホムヒカ離脱時のアデルの前では、力は欲しいと素直に言っていた。しかし、その後ヒカリに同じことを問われた際には、シンプルにイエスとは言わず、この世界好きかい、と返す――この応答によって、ホムヒカのなかで自己完結的に意思と能力が調和していく。
もともと意思と能力が一致し、ためらいなく力を振るっていたメツとは対照的に、ホムヒカは能力と意思が一致していなかった――だから彼女たちは自らの消滅を望んでいたのだ。
ヒカリとホムラ――加速粒子と放射光
ところで、ゲンブの頭での戦いにおいて、ヒカリの攻撃の正体が「加速された粒子」であることが明かされる。
一方、ホムラはセイレーンの照準光を制御していたため、実は、彼女の攻撃こそ「光」なのではないかと考えられる。
第四話の冒頭では、ホムラはヒカリの「余剰エネルギー」だと語られていた。これらの情報を手がかりに、私は「シンクロトロン」を連想した――粒子を加速し、磁場によって円運動させることで、接線方向に放射光を発生させる装置である。
ちょうど本作には、この仕組みを思わせるムービーがある。第十話の冒頭、クラウスが実験のスイッチを押すと、何か光るものが地球の周りを円運動する――シンクロトロンではこれが加速粒子だ。
そして、その粒子からはエネルギーの一部が絶えず光として放出されている。つまり、ホムラとヒカリの能力や関係性は、シンクロトロンに由来するのではないか、という仮説だ。
もちろん、この想像が正しいかはわからない。しかし、ファンタジーの枠組みの土台に潜んでいるであろうSF的な要素は、やはり本作でも健在だ。
同じ境遇と異なる支え
また、似た境遇にありながら異なる行動をとる人々が配置されている点も、本作の見逃せない要素である。
実は中盤、私はある場面で違和感を覚えた。「ブレイド施策反対」を唱えるアーケディアの難民に対し、ジークが不快感を示すシーンである――難民たちが一方的に描かれているように感じたのだ。
しかし、この懸念はすぐに氷解した。というのも、物語の序盤で、同じように身寄りを失いながらも、ブレイドと協力して生きる人々の姿に出会っていた――フレースヴェルグの村でのことだ。
この村には、各地で保護された戦争孤児たちが住んでおり、状況としてはアーケディアの難民とよく似ている。
つまりこのゲームは、身寄りを失った人々を、同情的でも懐疑的にでもなく、ただフェアに表現している――自立を目指す者もいれば、依存的であり続ける者もいるということを――これは本作の重要な美点のひとつだ。
そして、彼ら一人ひとりが、どのようにしてフレースヴェルグに、あるいは、アーケディアに行きついたかは不明だが、そこで彼らを導く存在がヴァンダムなのか、マルベーニなのか、その違いによって彼らの意思や行動が大きく異なるものになっていく。
本作は、それを説明的にならずに、さりげなく描いている。
共に歩む者たちの輪郭
そして、ストーリーは二週目で私の評価が驚くほど上がった――レックス以外のキャラクターたちの性格や心情が、自然と心に染み入ってきたからだ。
レックス・ニア・トラの3人を中心に旅する序盤は、賑やかで軽やかな雰囲気がある。しかし裏表のないレックスやトラとは対照的に、ニアにはどこか含みのある言動がみられる。
普段はおしゃべりな彼女だが、自分の問題に関しては他人に打ち明けず、ひとりで抱え込もうとする――実は繊細なキャラクターなのだ。
そして中盤以降、年長者であり有力者でもある2人が加わると、パーティーの雰囲気は引き締まる。ジークは普段はふざけているが、重要な局面では毅然とした態度を示す。
テンペランティアで、活動限界に達したシンを前に躊躇するレックスに対し、いま仕掛けるよう強く促し、それでも動かない彼に代わって自ら前に出る――レックスにとっての「アニキ」と言える存在だ。
一方のメレフは、レックスの言動を受け入れつつ、核心を突く発言で彼の考えを深める役割を果たす。若くして市井に根ざして生きるレックスを評価しつつ、本当に楽園が解決になるのか、と問いかける――年相応なレックスにとって、よい先生と言えるだろう。
シンに宿る人間らしさ
敵方の魅力も語らずにはいられない。秘密結社「イーラ」は、中盤までは強大な力を持つ敵勢力として、レックス達やプレイヤーの大きな脅威となる。
しかし終盤に差し掛かると、彼らの戦う経緯や、勢力の規模の小ささ、そして種の存亡をかけた切実な思いが明かされ、単なる敵以上の悲壮感をも感じさせる存在へと変化していく。
そして彼らは、レックス達と同様に強い絆で結ばれている。そのなかで、首魁として登場する「シン」は、私にとって理解に時間を要したキャラクターだった。
実際、一週目の時点では、イーラのメンバーから絶対的な信頼を集めるカリスマ、という印象で、彼の目指す神と人間の抹殺という行動に共感の余地はなかった。
シンへの共感や理解を妨げる最大の要因は、彼が最も人間らしい亜種生命体である点だと私は考えている。
総論として人間は滅ぶべき存在としながらも、個々の人間には、ラウラのように信頼できる者がいることを認めているのだ。
また、ブレイドにとっても、そうした信じた人間と共にあることが幸福であることを理解している。イーラを裏切ったニアに対しても、彼は積極的に罰しようとはせず、彼女にとってレックスの存在が必要であることを見抜いている。
シンには数多くの自己矛盾が内包されており、それがまさに彼の人間らしさを際立たせている。彼が人間ではないという前提を、忘れず留めておけるかどうかで、彼への印象は大きく変わり、それはストーリー全体の納得感にも影響を与えていた。
人が望んだブレイドの人間性
クラウスがブレイドやアルスに託した役割は、世界の再生において大地となることだった。しかし、後になってアルスの上で生まれた人間に対し、クラウスがブレイドを遣わしたことで、人間とブレイドに関わりが生まれた。
そして時が経つにつれ、人に近い容姿のブレイドが誕生するようになっていった。より身近な存在であってほしいと人が願った結果なのだろう。
このような過程を経て、人間とブレイドの共生を掲げた古王国イーラにおいて、最も人間らしいブレイドが生まれたことに何ら違和感はない。
「イーラ最強のブレイド」という通り名が独り歩きするが、意思に目を向ければ、「最も人間らしいブレイド」という点がシンの最大の特異性ではないか。
だからこそ彼は、生きた証を残すために足掻き、ゲート・オブ・ゼブルにおいて自らの役目を果たしたことを悟り、どこか満足気な表情を浮かべて消えていったのだ。
亀裂を超えて
そしてメツもまた、最終決戦で満足気に自らの役目を終え、本作はエンディングへと向かう。レックス達の人柄がにじみ出た終幕だった。
プネウマがひとり世界樹に残ることを告げるシーンでは、年長者としてレックスを諭すジーク、律儀に礼を述べるメレフ、ハナを慰めるトラ――そして、実は繊細なニアは、言葉にせず、ただ静かにうなずく。
その後、脱出艇を探す場面における、各キャラクターの行動も印象的だ。手分けして動きそうな船を探すなか、レックスに向かって落下してきたがれきを、メレフとジークが即座に排除し、つまずいて転んでしまったハナには、レックスとトラが優しく手を差し伸べる。
これほどまでにキャラクター一人ひとりが、言葉と行動でそれぞれの持ち味を発揮するエンディングは、なかなか見られない。
壮大で切ないBGM「君との未来」も相まって、心温まる感動を与えてくれる。そしてセイリュウの背に乗って、500年にわたる人間とブレイドの間に生じた亀裂を超えた先に、楽園が待っている――そして私は、残酷でありながらも、どこまでも素敵で愛おしい世界と出逢った。


